産後の愚痴
退院して1か月。
思い返せばこの1か月、本当にいろいろなことがありました。
夫と喧嘩をしてみたり。夫と喧嘩をしたり、そう夫と喧嘩したこともあったな・・。
出産した直後は、立ち会ってくれた夫に感動してメールで
「なんか、色々ありがとうね。感謝してます」なんてしおらしい感じで送ってみたりもしたんだけど、退院後は夢から覚めたというか。たぶん産後でイライラしていただけだと思うんだけど、脱ぎ散らかした靴下に怒ったり(結婚してからずっと靴下は脱ぎ捨てっぱなし。を今更烈火のごとく怒る私)泣いているのに抱っこもしようとしないことに怒ったり、急に飲んで帰るなんて言われ(夜も遅くに。・・何時だと思ってるんですか?)今から飯食って1人で風呂いれろってか!氏ね!ってなったり。
今から思うと、なーんでそんな怒ってたんや?って感じなんですけど、本当イライラしちゃってね。参りましたわ(夫が)
産後あきらかに変わったことは、こんな私にも母性があふれてあふれて仕方なかったってこと。
自分の息子が宇宙一可愛いのはもちろんなんですが、テレビで子供を取り上げていればかなりの確率で泣くようになりました。
もう、私の表現は泣くことしかなくなってしまったのか?ってくらいに。
基本その母性の行き場は100%息子なので、今まで妻として(世間には顔向けできないくらいですが)夫に対してやってあげたことがなくなってしまって、夫はなんか戸惑っているような気がしました。
こちらとしては当たり前やろ。って思うんですけど、急にそうなったらまぁびっくりするよね。
2人きりだった妊娠中は結構仲が良くて、よく妊娠してから触られるのも嫌になった。と聞いていたがそんなこともなくそんなもんか~と思っていたけど、産後に関しては小さなことで怒り喧嘩・・というか一方的に怒り散らし、これが産後のガルガル期か!?ってなりました。
言い訳だけど、産後の肥立ちが悪いと10年後とかにドカーンとくる。っていうじゃないですか。
だから今はね元気なんですけど、正直。
超がんばれば掃除、洗濯、料理、滞りなくできるんですけど(ってかやれよなんですけど)ここで無理して10年後ドカーンと来たらアンタ(→夫)責任とれんの!?と思っていました。
だけど夫としては、自分で選択して里帰りしないのに家のこと俺にやらせるの?みたいな気持ちがあったみたいで。クソ!
そういった気持ちの違いで衝突がありました。
結局のところ、お互い1か月たった今生活になれてきて衝突しないように模索しているような気がするのですが今後はどうなるやら・・・。
とにかく、自分のことは自分でやってくれ。と言っている私は産後のイライラと全く関係ないのでそこんとこよろしくね。って感じです。
出産 入院9日目~退院~
9日目は大変天気のよい朝だった。
私のベッドは運よく窓際で、レースのカーテンを開けるとまぶしいくらい朝は日が入ってくる。
黄疸(もう、ずっとこれ笑)対策には自然光でも紫外線に当てるがいいらしい。と聞いて朝っぱらから息子をオムツ一丁にして自然光に当てた。
助産師さんからは、黄疸対策に病院で自然光を当てた人間は初めて見た。とお墨付きをもらった。・・・。
そりゃ数十分当てたってなんの意味もないことをみんな分かっているからだろう。バカ母は健在でした。
朝そうそうに私の産後検査をし、問題なくパス。残すところは息子の黄疸だけに。
ここまでくるともうどうにでもなれだし、あと2日家の掃除でもして過ごせなくもないように思えた。
が、一つ問題があり。
うちの両親が今日がたまたま日曜日ということもあって、わざわざ車で1時間くらいの距離を息子に会いに来ると言っているのだった。
そもそも両親も私もドライな関係なので、里帰り出産はもちろんのこと里帰り自体もするつもりなんかサラッサラない。
自分のベッドでゆっくり寝れたほうがいくら夜泣きするからって言っても絶対に楽だし、もう10年一緒に住んでいない親子が今更一緒に暮らすなんて無理だと思っていたからだ。
両親はとりあえず見に行くついでに色々と体によさそうな食事を作って持ってきてくれるらしく、それは素直に感謝した。
料理を作れるかはともかく、買い物にはなかなか行けないだろうと思ったから。
が、来るということは息子がいないと意味がない訳で・・・。
昨日の段階で黄疸のことと現状を電話で母に説明し、他の人にも迷惑になるから来てほしくなかったのだが最悪病院にきてもらえば黄疸で小児科に移動する前の息子に会えることを伝えた。
(入院していたのが2月ということもあり、インフルエンザで面会規制を病院がしていたのをこれ幸い!と親には面会できないよ。と嘘をついていた)
夫には申し訳ないけど、病院で待ち合わせして最悪一緒に退院の手続きをしよう。と伝え、なんか黄疸ごときで(いや、しょうがないんですけどね?)こんな面倒なことになるなんてついてないな~と思った。
9時すぎに息子の検査があり、なんだかソワソワしながらベッドで待機していたのだが数人の助産師さんが嬉しそうに退院を教えてくれたときは本当に嬉しかった!
最後の最後まで迷惑をかけたのでみなさんにお菓子の詰め合わせを渡し、無事に親子そろって退院の運びとなった。
(親には直接家に来てもらうことに変更)
9日間入院することがこの先あるとしたら、また出産かあとは命にかかわることくらいだろう。
でも本当に自分も相当しんどかったのだが、助産師さんをはじめ病院に勤める人はみんな尊敬する。
イライラすることも正直あったが、声を大にして文句言えるほど空気読めなくなくてよかった・・・笑
とはいえ、もうちょっとベッドが快適でもよかったかもしれません。
出産 入院8日目~母乳母乳母乳!~
さて。入院も残すところあと今日を入れて2日なのだが、あいかわらず黄疸の数値はやばいギリギリの値をウロウロしている。
黄疸の検査は血液検査なのだが、血液を採ったあとの絆創膏を見るとちょっと痛いたしい。
とにかく母乳だ母乳!ということで、母乳にプラスして搾乳をしてとにかく多い量を飲ませてみるが、体重を測ってみると一度に50㎖前後飲んでいるようでベテランの助産師さんからは
「お母さんよくやってるよ。この子の大きさで50㎖飲めれば上等。あとはもう様子を見るしかないね」と優しい言葉をかけていただいた。
世の中では小さく産んで大きく育てる。なんて言われているから、私は結構その言葉の通りのことをしているのかな。なんて思っていたのだが、結局のところ周りと脱線して成長していくのはやはりむつかしいようで、大きく産んで(人並みに)育てることの大切さを感じたのだった。
そもそも、なんでうちの子が小さいかというと胎盤の大きさに原因があったらしい。
出産後胎盤を見せてもらったのだが(美に精通する人は胎盤を食すと聞いて興味があった)他の人よりも小さめの胎盤で、それが原因で子供が小さかったとのこと。
たしかに、39週で出産したのだが2か月も先に産む友人のお腹と比べてもあきらかに小さく(そのくせ13キロ太っていた・・)自分でもおっかしいな~なんて思っていたのだけど!
ほんと、黄疸もだけど子が小さいので出産が大変だったなんてそんなおおっぴらには言えない状態。
すごい大変だったのに・・言えないことはブログで発散するしかない。
8日目は次の日の退院の準備に明け暮れた。
途中、ミルク指導があったりしたのだが出産してから本当に一日たつのが早い。準備してシャワー浴びてミルク指導に出て、あと母乳とオムツをかえているだけで一日が経過してしまうだなんて。
とはいえ、準備をしているものの明日息子が退院できるのは黄疸の検査をパスできたら。もしできなかったら息子だけ+2日の追加入院が待っている。
てっきり子供と一緒に退院するだろう。と思い込んでいたのでもう車にはチャイルドシートもついている。
あれが使えないかもしれないのか・・。悲しい。
とはいえさすがに8日目は泣かなかった。もう考えても無駄だと悟ったから。
星野源でも聞きながら、ひたすら母乳を飲ます。
出産 入院7日目~・・黄疸とは?~
母乳もちゃんと出るようになってきたし、パンパンなおっぱいもやっと収まってきた。
が、助産師さんからはかなり問題乳として目をつけられている。特に左乳。
もうすでに入院7日目の私は、自然分娩(誘発だが)としてはかなり長時間滞在しているので(通常7日間※初産婦 のところを私は破水先行だったので+2日間滞在していた)部屋のメンバーも総入れ替えとなり、なんとなく気分はベテランの域に達しようとしていた。
となると不思議なもんで、気持ちも幾分らくになってきており
ま。あせっても無駄無駄。
なーんて思っていたら、7日目になんとなく一人の助産師さんが「黄疸」について触れた。
「赤ちゃん、相変わらず黄色いね~。でも小さく産まれてきたからしょうがないのよね」・・と。
今までも黄色い黄色いと言われてきたが、私にとっては一人目で尚且つ無駄に知識を入れて怖がるのも嫌だったのでまったく出産・育児書を読まなかったのだが
なんと新生児は黄色すぎると問題らしいではないか。
生後すぐの赤ちゃんは「黄疸」というものがあり、ある一定数値を超えてしまうとほぼ1日蛍光灯のカンカンと光る容器に入れられアイマスクをして母と隔離され、はたまたそれでも数値が良くならないようであればまたその繰り返しを・・・というなんとも母泣かせな治療があるらしい・・。
黄疸の対策としては、おっぱいを飲み、排泄をこまめにすること。だというが
うちの息子は産まれた体重が2570グラムととっても小さく、母乳を飲んでも飲んでも、うんことおしっこを出しても出しても黄疸の数値が微妙な値をウロウロしていたのだった。
私は助産師さんの前では気丈に振る舞ったが、ベッドで一人黄疸を調べ赤ちゃんが容器に入っている画像を見ると、もうこの病院では泣くことはないだろうと思っていたのにポロポロと泣いてしまった。
お腹が空いただけで、オムツが汚れただけで泣く息子なのに、こんな容器に1日入れられてすやすやと眠れるはずもない。
気にしすぎかもしれないし、治療なのでしょうがないじゃん?と思えなくもないが小さく産んでしまってごめんね。と一人声を殺して泣いた。(おおっぴらに泣いたのがバレるとまた目をつけられてしまうから(笑))
とにかく黄疸をなくすには、一におっぱい。二におしっことうんちをさせること。ひたすら息子には乳を吸わせた。
世のお母さんは、産んで1週間の間にこんな試練かあるのか・・。
うちはまだ健康なほうだからましなのかもしれないけど、子供が病気というだけでこんなにも母は涙もろくなってしまうのか。
母強し・・となるにはまだまだ時間がかかりそうなことが分かった一日だった。
出産 入院6日目~母乳と体重~
入院して早6日目。
昨日からシャワーもOKをもらい、いつのまにかあんなに嫌だった点滴の針も外され、まだシモの縫った傷は痛いけどだいぶ入院や育児にもなれてきました。(ドーナツクッションはまだ欠かせません。笑)
2月の後半ということもあり、外はだいぶ寒そうだけど室内はぬくぬく温かい。
入院はだるいし、硬いベッドは憂鬱だけど外の雪の降りそうな天気を見ると
ま、入院も悪いものではな~と思いました。
出産して4日目。
初めて母乳をあげる前の体重とあげた後の体重を測って、実際に飲んだ母乳の量を測ることを開始。
1日30グラム増えていると体重的にOKとのことですが、2、3日目でガクンと減る赤ちゃんの体重をまずは出産したときの体重へ戻すところから始めるとのこと。
パンパンだったおっぱいもだいぶ落ち着いてきて、まだ母乳の出は悪いけど息子は根気よく吸ってくれるので後は量を確保、母乳だけで足りなければ搾乳して補助しつつ。とりあえず母乳だけで様子を見ながら体重を増やすだけとなります。
ここまでくると、授乳室での助産師さんとの会話も<退院をした後>の話になってきていっぱいいっぱいだった私も、退院の2文字が見えてきたことで俄然やる気を取り戻していました。
4日目の私は昨日の反省を生かし、自分のペースで生活すること。を考えながら睡眠と授乳をすることに。
タイミングみてシャワーをあびたり(共同で30分使えた)ラジオを聞いてみたり。
テレビは1つあったのですが、カードを買わなくちゃだったりして結局入院の1週間はテレビを見ることがありませんでした。
そうそう!私は陣痛まっさかりの時にⅰTunesで星野源のアルバムを衝動買いしたんですが(笑)産まれる直前までそれを聞いていたせいか息子はこのCDを聞くと結構おとなしくなります。
源様様!
YELLOW DANCER 発売中です(笑)
ということで、もともとラジオッ子だったこともありラジオと音楽には大変癒されました。
そう、そもそものんびり屋な私が人並みに頑張ったからってその時点で無理してる訳で。仕事も妊娠中はしたくないってことでサックリ辞めてしまったくらいだしダメ母ならダメ母なりにのんびり息子と向き合うことに。
そんなこんなで、なんとか母乳も安定してきて1回の授乳時間が30分程度で終るようになり、搾乳もがんばって30㎖とってあげてを2、3時間ごとに繰り返すと1日で体重が90グラム増えました!
これは私的にミラクル!
助産師さんに顔向けもできるってもんです!
この時点で2500グラムほど。
ちっちゃいちっちゃい息子ですが日々の成長に母感激でした。
出産 入院5日目~授乳室で号泣の巻~
入院して5日、出産して3日目。
息子との同室も慣れ、朝7時の検温(母子ともに)や世話をしながらのご飯などもなんとなく自分のリズムで生活ができるようになってきました。
しかし、実は2日目からあれれ?ということがあり。
それは胸の張りなのですが・・。
胸なんか、洒落ぶってしまいました。そう、おっぱいですよ。
2日目から息子におっぱいをあげることになったのですが、私の出産した病院は
母乳育児に命かけてるんですか? ってとこだったのですが(病院を決める前に口コミ検索をしていたら、どの人も母乳育児をしたいならココ。とあげるくらい命をかけている病院だった)
けど・・ほんと、母乳命がけ!!!
私も、というか他のママさんたちもそうだと思うんですけど、母乳って産んだら自然と出てくるもんだと思うじゃん?
マジ、あれ違うんで。
私も母から乳首マッサージをやっとけ。としつこいほど言われてたんですが、やっても母乳出ないし産まれてから出るでしょ。と舐めてました。
実際、産んでそっこう出たことは出たんですが、幸せなことに(?)私の乳は分泌量が多いらしくおっぱいの線が開通するまで、おっぱい内部では乳が「出たいけど出れないよ~」と3日目にしてパンパンに腫れ上がるという状態になったのでした。
とにかく乳が出ないことにはおっぱいは腫れ上がるばかりで解決しませんので、助産師さんのおっぱいマッサージでほぐしてほぐして絞り出す。といった作業に入ります。
2日目ももちろんその流れだったのですが、3日目にして
あれ・・?なんか人によって超痛いんですけど・・。
と気づいてはいけないことに気付いてしまったのでした。
おっぱいマッサージとは、とにかくほぐして柔らかく、乳首のフチを親指と人差し指で、というか爪のあたりでぐ、ぐっと乳首の芯をなくしていきます。
これ、全体をほぐすのもクッッソ痛いんですが!それよりも人によって爪が乳首に刺さってメッチャ痛い!!!
私のおっぱいは右は比較的優秀で張ってはいるものの何とか形になっていたのですが
左がやっかいで扁平ぎみの乳首は吸いずらく、硬い!
そしてその日は運が悪いことに(?)昼過ぎに悪露(産後の生理。1か月くらい続く)から塊が出てきており(レバー状の血の塊。これ自体には問題ない)ちょっと貧血気味で気分は最悪。
授乳しなくてはいけないのも分かっているけど、授乳室に行けば助産師さんがつきっきりでやれおっぱいマッサージだ、マッサージやりすぎで左乳首真っ赤だわ、気を使って世間話もしなきゃなれねーわ、貧血気味でフラフラするわで
気が付くとポロポロと涙があふれてきていたのでした・・・。
私も一応大人なんで、人前で泣くとかここ最近なかったですし恥ずかしいとは思ってたんですが、目まぐるしい状況と左の乳房がボロボロでかわいそうで(他人事じゃない!ってくらい感情移入していた)涙が止まらない。
出産の時に付き添ってくれた助産師学校の学生さんが(といってもお母さん世代のベテラン母さん)気づいてくれて「大丈夫、頑張りすぎちゃったよね」とか自分の子育ての大変だったことを親身に話してくれたりと、より涙が止まらなかった。
私の中で、この授乳室は自由でいられる場所でなく、人に気を使って一番に考えなくてはならない息子のことも蔑ろにしているように思えたし、本当はもっとゆっくりのんびり授乳したり、おっぱいが出ないのであれば一度に無理にではなくて回数重ねてやったりしてもよかったのではないかと思っていました。
息子は小さいと言われているけど、体重を測れば平均なりには増えていて自分のやりかたでは駄目なのか、そこまで無理しなくてはいけないのか。とその時は胸がいっぱいになってしまって。
結果、学生さんと少しだけ話して「ちょっと疲れたので寝ます」とハハハと笑いベッドに戻りました。
(ベッドがまた硬いの。おっぱいも張って背中も痛いんだけど、絶対ベッドが硬いのも原因なの(笑))
それから、入れかわり立ち代わりで助産師さんがベッドまで様子を見にきてくれるんだけどこれがまた落ち着かず。
もういいやと思い息子と添い寝しながら狸寝入り。
この時間が結果、出産も含めて精神的には入院中で一番つらかったのかもしれません。
その後、なんだかんだ狸寝入りから眠りについた私はまた授乳だっつーことで起きたわけですが、その時に苦手になってしまった助産師さん(おっぱいマッサージがやたら痛い)が息子の体重を測りに行くついでに気を利かせ粉ミルクを飲ませてくれちゃったり、貧血の薬をくれたもののそれが合わずにお腹がピーピーになったり胸がムカムカしたりと3日目はマジでいろんなことがあったのですが、まあ終わってみれば私の心に闇を落としたものの、ホルモンが乱れているということで納得して終わることにしました。
ミルクの件は人間ちっちゃーと思われるかもしれないけど、今まで(そしてこれからも)病院の方針に従って母乳だけでやって行こうと思っていたので、マジクレーム入れてやろうか!と思ったのですが、さすがにちっちぇーなと思ったので辞めました。(他の助産師さんからも注意してくれらしい)
そしてこのタイミングで泣いたことで後々「私も辛くて泣いたんですよ。」と教えてくれた顔見知りのお母さんが出来たりしたのでいい思い出になったと思います。(許すつもりないけど!乳首の気持ちになれ!)
ちなみにネットで調べてみると、これを3日目の壁と言うそうでおっぱいが張ったりホルモンバランスが崩れたりとしょうがないらしいです。
恥ずかしいのでそういうことにしておきます。
出産 入院4日目~思いのほか、楽チン?~
さて、昨日無事午後2時に出産しその日の母子同室は華麗にスルーした私ですが
(私の通っていた病院は母子同室したが、出産の当日は同室か預けるか選ぶことができた)
次の日の朝、助産師さんに連れられてやってきた息子とここからやっと同室での生活が始まりました。
昨日は生まれたてで髪の毛なんか羊水でカピカピだったのに、とってもきれいにしていただいてフワフワ。
それでもって、なんかミルクのいい匂いもする・・。
私は産んだときの、あの赤ちゃんの頭が通りぬける熱い痛みと、終わりの見えない(自分では管理できない)陣痛のだるさに これで2人や3人産んでる方はマジで尊敬できますね。 と思っていたのですが、みなさん口を揃えて言う「新生児の可愛さ」がなんとなく理解でき、これはまたチャンスがあれば産みたいと思ってしまうかもしれないなあ。と思い直していました。(参考までに無痛分娩はしっかり調べておこうと思いましたが)
同室での生活は息子中心になっていく訳で
息子が寝たら私も寝る。息子が起きたら、とりあえずオムツとおっぱい。
この2つで1日が目まぐるしく過ぎて行きました。
病室とは別に、みんなで使える【授乳室】というのがありそこではママさん方がおっぱいをあげたりオムツを変えたり、体重を測ったり。私は母乳だったので使用なしでしたがミルクを作れたり。と昼夜問わずとにかく人がいるそんな場所がありました。
部屋は大部屋ということもあり、昼も夜も泣いたらできるだけ授乳室へ連れていきそこでなだめてから部屋に戻る。
慣れるまでチョットめんどくさいな。と思いましたが、慣れるとそれがルーティーンになり可動式のベビーベッドに入れられた息子を連れて行くのもこなれた感じでスピーディーにできるようになりました。
そして私の息子は2570グラムだったので、とにかくよく寝る。
「2日目の夜はなかなか寝ないよ。」と助産師さんから言われていたものの、きちんと2、3時間は寝てくれましたし、オムツ&おっぱい攻撃でだいたいすぐ寝てくれたのでさほど負担にもならず。
なにより起きた息子を見ると「可愛いわ~」となり、ハイな気分で全く苦にならなかったのです。
しかも出産後はご飯がちょっとグレードアップされており、今までご飯、汁、サラダ、おかず。だったのが
ご飯(大盛!)、汁、サラダ、おかず4種!みたいになりました。
お股の縫った傷は痛いけど、これだったら生活できなくないな~と思いました。
・・その日までは。それすらすべて産後ハイだということも知らず。
次の日私はここ数年で一番ギャフン!と思う出来事があったのです。